「愛聴盤?」

うちのガキを見ていると、綺麗なおもちゃや可愛らしいぬいぐるみが結構たくさんあるのに、
お気に入りはごく普通のガーゼであったりして、ようやく立ち上がるようになっても
始終口にくわえて離さず、眠いけど眠られずにぐずついているときなんかガーゼを
くわえさせてやるとすうっと眠り込んだりする。
花柄のやつや、擬人化した動物のアップリケのついたようなやつやったらあかんくて、
どこか染みのついたような、医療用と見紛うようなやつやないとあかんようである。
手触りか口当たりか分からんが、何故かお気に入りってやつがある。

小生は、一般的に言っても、少なくはない数のCDやLPやカセットテープを持っているのだが、
購入してから、不思議なことに頻繁に手の伸びてしまうCDというのが一つだけある。

大好きなミュージシャンやバンドはたくさんいるし、みんなに是非紹介したいアルバムなんかもある。
例えば、フェラ・クティ、ジミ・ヘンドリックス、ニューグラス・リヴァイヴァル、
ヌスラット・ファティ・アリ・ハーン、トム・ウェイツ、スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン、
キャロル・キング、新井英一、フェア・グラウンド・アトラクション、ケパ・フンケラ、椎名林檎、
ライ・クーダー、ダニー・ハサウェイ、パット・クラウド、ローランド・カーク、
サン・ハウス(ブルースギタリスト兼歌手)、ザ・バンド、ボブ・マーリー、ジョン・ハートフォード、
バーナード・パーディー・・・・・・・・・…嗚呼切りがない!!

そんなたくさんのアイテムの中から、定期的に手に取り、CDプレーヤーに乗せる回数が多いCDがある。
今でもそんなに大好きなミュージシャンではないし、誰かにお薦めするような熱く激しい演奏でもない、
予備知識なんか持ち合わせていなかったし、CDショップのお薦めコーナーにあったわけでもなく、
誰かに薦められたわけでもない。
小生が大好きなミュージシャンの一人であるウェス・モンゴメリーが絶賛しているということも
かなり後から知ったぐらいなのだ。

タル・ファーロ「タル」
TAL
というアルバムである。

ジャケットから察するに白人のギタリストであり、聞こえてくる音からすると、
ジャンルは明らかにモダンジャズの一派と推定できる。
演奏は、タル・ファーロのギターの他に、ピアノとベースしか聞こえてこない。
ぼうっと聴いていると、なんということは無いアルバムである。

にもかかわらず、手持ちぶさたの時、音楽を聴きたいけどどうしようかって迷うとき、
寝しな…につい手が伸びてしまうのがこのアルバムなのである。

確かに演奏は、結構熱い。熱い割に、しっとりとした優しさが同居したようなプレイである。
ドラムが入っていない代わりに、ピアノソロの時などは、ギターのカッティングが
スネアの代わりのような音色で、絶妙なリズム音を聴かせる。
ギターソロのときでもフレイジングの合間々々のカットがリズム感を増す。
ギターの音色は、50年代ということもあって、非常に素朴な感じである。
ジャズギタリストでは無くても、エイモス・ギャレットの方が流れるようなプレイを聴かせるだろうし、
リチャード・トンプソンの方が熱い演奏を聴かせるように思う。
似たような音色なら、Tボーン・ウォーカーの方がグッとくる。

でも何故か、手が伸びる。
統計なんか取ったことは無いが、このアルバムがCDプレーヤーに乗った回数は、
一番多いのではないかと思う。
「非常に好きだ」というアルバムでも「ここんとこ御無沙汰」ってアルバムが結構ある中で、
コンスタントに良く聴いてしまうアルバムってのは、この1枚ぐらいしかないんやないかと思う。

世にいう名盤や、小生が個人的に傑作や!と思うアルバムは、他にたくさんあるのに、
誰にお薦めするっていうわけでもないこんなアルバムを、おしなべて良く聴いてしまっている。   

こういうのを客観的に云うと「愛聴盤」ってことになるんやろうけど、自分では、
「愛聴盤は何?」って誰かに聴かれたら、決して「タル・ファーロ『タル』やで。」
とは、言わないと思う。

なのに、これから死ぬまで何故か聴いてしまうCDがこれである可能性は十分高く、
実際、もっとも良く聴いたアルバムがタル・ファーロ『タル』やったとしても、
小生が死ぬときに、
「やつの一番の『愛聴盤』はタル・ファーロ『タル』やった。」
とは、絶対に思われたくない。

そんなことって誰しもあるんちゃう?

2000.8.30 text by 紅翼


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