CDは音だけではできません。ここではジャケット作成の裏話、苦労話をお届けしましょう。


2002年8月31日

2002年6月くらいには話しが出ていた録音計画は
メンバーの仕事・都合・うんぬんもあり、8月9月であげる
という当初の計画も遅れ気味となっていました。

そんな状況の8月31日にリーダー7★氏から「CDジャケット大臣」に
任命されました。ここから苦悩の日々が始まるわけです。

今回のCD計画、録音・ミックスダウンは音楽スタジオでやるのは
分かってたのですが、CDとして販売できる形にするには
どうすればよいのか、全然わかりません。ちょっと考えても、

もう山積み。

7★氏はhttp://e-ongaku.tvでやってくれるらしいというのを
聞きつけていて、これでどうするか考えてみよか、となったのです。

で、早速 HPを見てみました。
。。。あまりの情報の多さにその日はギブアップしました。。。


2002年9月頃

色んなことはおいておいて、まず録音が始まりました。
録音風景

やっぱり録音中の風景は必要だろうということで、
私の友人の木村君、木村君の友人の秋元君にお願いして、
録音風景をデジカメ(200万画素)とデジタルビデオで撮影してもらいました。
彼らは学生時代から映画作成を続けている人達なので、
こんな機会があったらお願いしようと思ってました。

デジカメ写真は当然ジャケットに使う予定です。
この時の不安は、果たしてデジカメ写真がジャケット使用に耐える
画質なのかということで、えらい葛藤がありました。(私だけね)
なんせ録音風景は1回しかないですし、NGだったら後がないですし。

ビデオも回してもらったのは、ビデオからもジャケットに使えそうな
絵が抜き取れるかもしれないという撮影班からのアイデアでした。
残念ながら、デジタルビデオから抜いた1コマをパソコンに持ってきても
画素が粗く印刷物にはちょっと使えないねということになりましたが、
個人的には、録音風景がビデオで残るのもいいなと思ってましたので
結果オーライではありますが。

そうそう、撮影班へのギャランティは、焼肉とできあがったCDということで
ご了承頂いた事を付け加えておきます。


2002年10月頃

あまりほったらかしにもできないなということで、覚悟を決めて
e-ongakuをじっくりゆっくり読み込みました。わかったことは、

音源はスタジオでミックスダウンされてCD-Rに焼くまでできるので問題なし。
ジャケット(表、裏、サイドキャップ)とレーベルは Illustrator で
作成しないといけないらしい。使ったことないし持ってない。
JASRAC?どうしたらええの?

困難は減らず増えていくのみ。Illustratorは10万円に近い値段するし。
この時点でジャケットはイラスト中心のつもりでした。
というのはみんな勤め人なので顔写真が表にでるのはまずそうな気がした
からです。ジャケットの中は演奏風景の写真でいいだろと考えてました。


2002年11月頃

イラストにしようと思ったもののデザインに自信があるわけではなく、
コンピュータで書かないといけない敷居の高さもありましたが、
思いついたものを書き始めていました。
それが一時HPを飾ったこのイラストです。 ジャケ案1 実は裏ジャケットも考えていてそれはこんなものでした。 ジャケ案2

が、メンバーにはもひとつウケが悪くボツとなりました。
せっかく書いたので、ただボツにするのはもったいないのでHPに使いました。
この頃がジャケット作成最悪の時期でしたね。
「なんでジャケット担当なんぞ引き受けたんやろ。」
絵だけじゃなくて、歌詞もあるし、クレジットもあるし、面倒。

音も録音は終わったものの、一部完了したつもりのミックスダウンも
イマイチの状態で、CD製作はなかなか進みません。
このころタクシーコントも録音する話がでつつありました。


2003年1月頃

タクシーコントということでタクシーをモチーフにジャケット写真を
撮影しようという話になってました。


2003年3月29日

タクシー撮影のための小道具(マーク、行灯、賃走マーク、帽子など)作成。
買い物は全てダイソーとコーナン。
小道具 行灯 小道具 帽子&ナンバー

ジャケットに使われているタクシー小道具は全て自主制作なのです。あたりまえですが。


2003年4月6日

スタジオでのミックスダウンの前にタクシー撮影。
前日にロケハンした結果、JR某駅の北側ロータリーがいいねということになりました。
再び撮影班木村君にデジカメで撮影をお願いしました。
天気は快晴。よかったよかった。
ジャケット撮影
みんなに振り付けをする紅翼氏。ちなみにタクシー車両も紅翼氏の愛車。

撮影中、タクシーに見せるために作り物のナンバープレートを貼っていたのですが、
それをおまわりさんに見つかり、ちょっと注意されたのは御愛嬌。
でもおかげで、迷惑にならんように少しならOKということで許可ももらえました。

朝9時〜10時で撮影をすませ、そのままスタジオへ残りのミックスをしにいきました。
ミックス作業の間、デジカメ写真をもらいうけた私は、パソコンとプリンタを
スタジオに持ち込み、ミックスはみんなにお任せして、ジャケット叩き台を作成。


2003年4月15日

ほったらかしにしてたJASRAC関係ですが、7★氏が調べてくれてまして、
今回は登録とかせんとこか、ということになりました。
JASRACは著作権使用料を管理・徴収してくれるわけですが、登録料も結構かかるようだし。
JASRACのことを気にせんでいいのは楽ですよ。
登録作業が必要だし、ジャケットにはJASRACシールと許諾番号を追加しないといけないわけです。

ところで今回の録音、1曲だけコピー曲がありまして、それがしかも外国の曲。
トラッドならいいんですけど、そうでもないみたいで、扱いが微妙。
調べるとBMIに登録されてるんで、一応 Pulaski Publishing という会社に
エアメールで使用許諾をお願いしてみました。
まあ、返事は返ってこないだろうなあ、日本のバンドなんかに。


2003年5月10日

e-ongakuにいよいよプレス発注することになりました。
音源CDは7★氏から郵送、ジャケットデータのCD-Rは私が郵送。

ところで、データを発送して送るまでがとにかく大変なんですよ。
なぜかというとこんなに大量のチェックをしないといけないからです。
何か間違ってると追加料金!

e-ongakuからのデータ到着のお知らせはメールでやってきました。
どうやら音源データにもジャケットデータにもミスはなかったようで一安心。


2003年5月13日

ジャケットは簡易校正をお願いしてました。五千円也。
インクジェットプリンタでしか出力を確認してなかったので、
仕上がりが気になっていたのです。
しかし流石、本職の人のプリンタで出すと違うものですね。
また、デジカメでも結構いけるというのを再確認できました。
簡易校正の結果にOKを出して、ここから本格的にCDプレス作業が
進むとのことでした。


2003年5月16日

会社から帰るとアメリカから宅配便が届いてました。
覚えがないので不思議に思って開けてみると、なんと
「カネで買えないモノがある」の版権を持っているPulaski Publishing からでした。

まさか返事が返ってくるとは思ってなかったので、
またなんでわざわざ宅配便で送ってくるのかというのでえらく驚きました。
録音していいよ、PULASKIってのとBMI(1004589)というのををクレジットしといてね、ってな内容でした。

またこの人はどうも Eddie Blazonczyk Jr. というポルカのミュージシャンで
Versatonesというバンドをやってるらしく、自分のCDを一枚送ってくれてました。
それで宅配便だったのか、親切な人やなあと感動しました。

”My Father's Shoes” (BACD-0037)
My Father's Shoes
自分のCDでは Tim O'Brien の Hold to a Dream、カバーしてました。


2003年5月30日

遂に宅配便でブツが届きました。CD、1,000枚!
ダンボールで10箱です。

到着の前日、夢を見ました。
到着したCDのダンボールを開けてみると、ジャケット印刷が間違っていて
表ジャケットが全然関係のない模様みたいなのになっていて、どうすんねん!
という内容でしたが、やっぱりかなりナーバスになっていたのですね、私。

恐る恐る1つの箱を開けてみると、真っ赤なサイドキャップが100個!
ジャケットもちゃんとデザインした奴になってるし、とりあえずよかった。。。

構想から1年近くですか、作品を作るのは大変なのですね。


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