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第4章
 
トンブクトゥ・ポップの現状
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
4-1 トンブクトゥのギター
 
 ここでは、トンブクトゥで使用されている楽器を、ソンライの楽器を中心に、私の観察に沿って記述する。先ずは、当地でも大変好まれているギターについて述べる。
 
4-1-1 西アフリカのギター
 ギター(guitar)は、当然のことながらソンライの楽器でもなければトンブクトゥの楽器でも、アフリカの楽器でもない。しかし、この世界中に広まった小型で雄弁な絃楽器は、アフリカでも大変に好まれ、マリやトンブクトゥも例外ではない。
 ギターは、奏法においても、世界各地で独自のものが工夫されている*1。コリンズ[1989]は、西アフリカには独特の2本指奏法*2がある、とした。それによると、19世紀、西アフリカ沿岸にポルトガル人がもたらしたギターを、水夫として雇われていたリベリアのクル族*3が、伝統楽器の奏法を応用して弾き始め、やがてギターとともに2本指奏法がギニア湾沿岸に広まった。また、中村とうよう[1984]によると、ガーナのクワメ・アサレ*4は、クルのギター奏者から2本指奏法を教わり、後にパーム・ワイン・ミュージック*5を生み出した。その2本指奏法が、ギニア湾から遙かに遠いトンブクトゥまで伝わっているのだろうか。
 ここでは、以上のような点に注目しつつ、私が観察出来たソンライのギター奏法を記述する。私が観察したソンライのギター奏者は、対面して観察出来たのがボクム、ボクムの弟の他2人、ステージ上のギター奏者が5人である。トゥアレグのギター奏者の1人も、対面で観察することが出来た。以下は、その観察から得た成果である。
 
4-1-2 調絃、音使い
@ソンライの曲を演奏する場合
 ソンライの伝承曲や、それをモチーフにした曲をギターで演奏する場合、調絃は、ギターの通常の調絃音であるEADGBE(ミラレソシミ)を使用していた。E(ミ)を基音(key)とするマイナー・ペンタトニック(minor pentatonic、ホ短調5音階)で演奏し、第6絃(E音=基音)は開放絃をベース音として鳴らすことが多かった。但し、カポタスト*6を使用することが多く、第2フレットに装着して基音がF#(変ヘ)となっていた。
 ギターの運指と音階は、以下に示した図の通りであった。
 
【図4-1】*7ソンライ・ギターの運指と音階
 
 
 
「●」は指板を押さえる
「○」は開放絃を使用
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Aフルベの曲を演奏する場合
 フルベの伝承曲、またはそれをモチーフにした曲をギターで演奏する場合、第6絃の音程を3度上げ、GADGBE(ソラレソシミ)の調絃を使用した。この場合、基音をGとするマイナー・ペンタトニック(ト短調5音階)となる。第6絃は、ソンライの場合と同様に開放絃を基音(G)のベース音として鳴らす。ギターの運指と音階は、以下の通りである。
 
【図4-2】フルベ・ギターの運指と音階
 
 
「●」は指板を押さえる
「○」は開放絃を使用
「×」は開放絃を使用しない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Bトゥアレグの曲を演奏する場合
 トゥアレグの曲をギターで演奏する場合、私の観察したギター奏者は、EADGBEとGADGBEの両方の調絃を使った。但し、唯一観察出来たトゥアレグのギター奏者は、GADGBEを多用した。
 また、私の経験から、トゥアレグ音楽をギターに置き換えて演奏する場合、そのメロディ構成からも、GADGBE調絃での演奏が容易であった。
 
Cその他
 ボクム周辺のギター奏者は、ソンライの曲かフルベの曲かによって、調絃を変えていたが、トンブクトゥ市のギター奏者K.A.(ハイラ・アルビィ・バンド)は調絃を変えることはしなかった。彼が演奏したのは、アルビィのオリジナル曲ばかりであった。アルビィは、フルフルデ語では唄わない*8ので、フルベの曲は演奏しないものと思われる。
 中には、各自の工夫で、曲によって様々に調絃を変える演奏者もいるという。
 
4-1-3 奏法について
 私の観察したギター奏者は、様々な奏法でギターを演奏していた。最も多くの時間をともに過ごし、教授を受けたボクムは、人差し指・親指の2本指の腹で絃を弾いて演奏した。これは、一見すると、クル族に由来する二本指奏法に見える。他に、合成樹脂製のフラット・ピックを使用する者、人差し指一本で、指の爪と腹で演奏する者、人差し指と親指で輪を作り、それぞれの爪で絃を弾く者など、実に様々であった。音楽家の語りによると、ギターの絃の弾き方は特に決まりはないという。実際に観察はできなかったが、三本指、四本指、五本指で弾く者もいるという。ボクムから奏法を学んでいる際にも、「ピックが弾きやすいなら、ピックで弾いても構わない」と語った。
 また、私が観察したところ、人差し指と親指の二本指で演奏する伝統楽器は見られなかった*9。従って、伝統楽器の奏法がそのままギターに転用されているという状況は、トンブクトゥ周辺には当てはまらず、コリンズらが述べた「リベリアのクル族が、ポルトガル人らがもたらしたギターを、民族楽器の奏法を転用して弾き始めた」との指摘する奏法は、この地には及んでいないと言える。
 音楽家からの聞き取りによると、マリでギターが盛んに弾かれ始めたのは1960年代、バマコ周辺であるという。そもそも、ギターは高価かつ入手困難であって、一般的な楽器ではなく、現在でもそのような状況は変わらない。以上のような理由から、「伝統的な奏法」が発展・確立するような条件は整っていなかったと考えられる。
 
4-1-4 マリのギター事情
 現在でも、ギターの入手は決して容易ではない。私がバマコの小さなスーパーマーケットで見つけたギターは、中国製の、決して良い状態であるとはいえないものであった。価格は、エレキギターが265,000~365,000FCFA(日本円で約53,000~73,000円)、アコースティックギターが155,000FCFA(約31,000円)。エレキギター用の小型アンプが35,000FCFA(約7,000円)であった。日本では、2万円も出せば、中国製のもっと状態のいいギターを買うことができる。所得水準や他の物価を考慮すると、マリの人々にとってギターはとてつもない高級品であるといえる。
 聞き取りによると、ギター絃は、中国製が一組1万FCFAと、ギター同様に非常に高価である*10。マリの音楽家へのお土産には、ギター絃が非常に喜ばれた。懇意にしてくれたハイラ・アルビィ(後述)のバンドのギター奏者に絃を2組贈ると、バンド・リーダーのアルビィが当然のように絃を取り上げ、分配の算段をしていた。アルビィによると、トンブクトゥでギター絃は入手出来ず、500km近く離れたガオまで行って、中国製の高価な絃を買わねばならないという。
 観察出来たプロの音楽家が使用していたギターは、いずれも日本製(ヤマハ、タカミネなど)、または米国製(オヴェイション、フェンダーなど)であった。聞き取りによると、いずれも欧米への演奏旅行中に直接買い求めたか、フランスなど欧米諸国に渡った友人を介して入手したかであった。
 
 
【写真4-1】華人経営のスーパーで売られていた中国製ギター。棚の下段には、アンプがあった。
(バマコにて)
 
 
 
 
 
4-2 トンブクトゥの伝統楽器
 次に、トンブクトゥでよく見られる伝統楽器について述べる。ここに挙げる楽器は、私が観察したものであり、そのうちの多くは、トンブクトゥ・ポップでも頻繁に使用されている楽器である。
 
4-2-1 ンジャルカ(njarka)
@概略
 ンジャルカは、ソンライの伝統楽器とされる1絃フィドル(fiddle:擦絃楽器)で、トンブクトゥ・ポップではよく使われる一般的な楽器である。
 川田[1999]は、ソンライが使用する同様の楽器(音具)をnayarkaと表記しているが、ンジャルカと同じものであろう。
 
A形状、素材
 胴部は、ボウル状に切ったヒョウタンを利用し、木製・棒状の棹を貫通させている。胴部には、共鳴装置として動物の皮(通常ヒツジの皮)が張られて、金属製の鋲で固定されている。共鳴皮には、絃を挟んで2つの共鳴孔が開けられている。絃には、十数本のウマの尾毛が使われ、乾燥した草木の茎が駒として絃を支える。弓の擦絃部分にもにもウマの尾毛使用されている。絃と弓との摩擦を増やすため、アカシアと思われる樹脂を絃と弓の擦絃部に塗りつける*11
 
B調音
 絃の上部は、革紐によって固定され(【写真4-3】参照)、下部は胴を貫通し突き出た棹のもう一端に巻きつけられた紐に結びつけられている。
 調絃は、上部の革紐を上下させて行う。安定した固定状況とは言えないために微調整が難しく、ンジャルカの独奏ではあまり問題は無いが、ギターなど他の楽器との合奏の際には、かなりの困難が伴う*12。調音は、楽曲の基音の5度上(基音Gの場合はD、Aの場合はE)に設定されることが多い。開放絃が5度上の音が鳴る仕組みである。
 
C奏法
 楽器の下部を演奏者の体に密着させ、楽器表面をやや体の内側に倒して演奏する。本来は、座って演奏する楽器のようである。絃は、棹に触れることはなく、音程を操るのは指の表面のみである。また、指の力の加減によって絃がたわむため、運指の位置(勘(かん)所(どころ))を確定するためには相当な鍛錬が必要であり、安定した音程を得るにはかなり難しい。1絃で音域も限られ、表現豊かな演奏をするのは容易ではなく*13、習得が難しい楽器であるといえる。
 
B大きさ、個体差
〈個体(a)〉【写真4-2〜4-4】に示した個体(a)は、アフェル・ボクムの楽団アルキバルのンジュルケル奏者、Y.C.の所有である。Y.C.は、ンジュルケル、ンジャルカ、ギターなどを弾く多楽器奏者である。
 全長46cm、胴部の直径22cm、棹長24cm、絃長(絃上部の固定部から駒までの長さ)は22cmであった。付属の弓は、15cm。この個体は、【写真4-4】のように後部の絃固定部に楔形の木片が挟み込まれ、調絃に利用している。絃上部の革紐で調絃した後、微調整をするための工夫である。この工夫は、全てのンジャルカに共通するものではない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-2】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-3】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-4】
 
 
 
 
 
 
〈個体(b)〉【写真4-5〜4-7】に示した個体(b)*14は、全長47cm、胴部の横直径20cm、棹長28cm、絃長27cm。付属の弓は18cmである。多くの個体の共鳴皮がヒツジであるのに対し、この個体はヘビ皮(アフリカニシキヘビと思われる)が使われている。また、【写真4-6、7】のように、棹と弓の握り部分に焼き入れによる文様が施されている上、共鳴部のヒョウタンにも文様が施されており、他のものに比べるとかなり装飾的な楽器である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-5】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-6】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-7】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Cアフリカにおける1絃フィドル
 トンブクトゥでは、ソンライの他、トゥアレグやフルベもヒョウタンを胴に動物の皮を張り、ウマの尾毛を絃とする1絃フィドルを持つ。Wendt[1998]によると、サハラ南部トゥアレグの1絃フィドルはアンザッド(anzad)と呼ばれ、女性が演奏する楽器であるという。ソンライ音楽家からも、「ンジャルカは本来は女性の楽器だった」との語りを聞いた。小川[1987]は、セネガルのフルベの1絃フィドルはニャーニョールとしている。
 また、1絃フィドルは、アフリカ各地に広く見られる。エチオピアにあるマシンコは、木製の胴に動物の皮を張り、ウマの尾毛を絃とする。ンジャルカよりも大型で、体の前方に縦に構えて演奏する。中村とうよう[1984]によると、セネガルにリティと呼ばれる1絃フィドルがある。
 このように、アフリカ各地には、ウマの尾毛を絃と弓に用いる1絃フィドルが、広範囲に分布しているようだ。
 
4-2-2 ンジュルケル(njurkel)
@概要、形状、素材
 ンジュルケルは、ソンライのリュート型撥絃楽器である。語りによると、本来は1絃楽器であったが、現在では2絃が一般的で、私が観察出来た3つの個体は、いずれも2絃であった。
 胴部には切り口が楕円形になるように切られたヒョウタンが使われ、木製の棹が装着される。棹は胴を貫通せず、胴内でヒョウタン片で作られた駒を貫く。共鳴皮はヤギで、楽器の下部に共鳴孔を開ける。胴へは紐で締め上げて固定する。絃は、ナイロン糸であった。駒には、3つの切れ込みが施されており、2絃でも1絃でも使用出来る。
 ンジュルケルは、川田[1997b]、Wendt [1998]のいうmoloに相当する楽器と思われる。トンブクトゥ地域のポピュラー音楽でもよく使われる楽器である。
 
A調絃
 私が観察した下に示す三個体のうち、個体(c)はボクムの友人A、(d)および(e)はY.C.の所有である。この両者では、調音が異なった。個体(c)は↑ADの五度調絃、個体(d)及び(e)は↑DDのオクターブ調絃となっていた。演奏者によって、調音が異なるようである。いずれも、第二絃の方が高音に調音されていた。もう一体は、五度調絃であった。
 楽器上部に革紐で固定された絃は、駒に乗せられた後、駒を貫く棹の後端に巻き付けられ、共鳴皮上を渡って棹と胴との接合部と駒との間をぐるぐると巻き付けられている。この巻き付けられた糸は、絃が切れた際のスペア絃の役割を果たしている。
B奏法
 人差し指の爪と腹で弾くか、人差し指に固定した獣骨製の爪を使って弾く。【写真4-16】に獣骨製の爪を見ることができる。二本指で弾いているところを観察することはなかった。
 左手は、ンジャルカとは異なり、棹に絃を押しつけることによって音程を得る。この奏法は、勘所を確定しやすく、音程を安定させるという点においては、ンジャルカよりは容易である。
 
C大きさ、個体差
〈個体(c)〉【写真4-8〜10】は、全長55cm、棹長24cm、絃長40cm、駒高3cm。ボクムの
友人A所有。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-8】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-9】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-10】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〈個体(d)〉【写真4-11〜13】は、全長40cm、棹長21cm、絃長30cm、駒高3cm。Y.C.所有。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-11】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-12】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-13】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〈個体(e)〉【写真4-14〜16】全長50cm、棹長30cm、絃長40cm、駒高3cm。Y.C.所有。
 このように、ンジュルケルは楽器の大きさはまちまちであるが、駒高はいずれも3cmと一定している。個体(e)の共鳴孔周辺に付着しているビニールテープは、ステージで演奏する際に、電気増幅用のピックアップを装着するためのものである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-14】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-15】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-16】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
4-2-3 カラバッシュ(calabash)
 カラバッシュと英語で呼ばれるこの打楽器は、大型のヒョウタンを半球型に切り取とったままの姿である。直径は約60cm。柔軟な布などに伏せて乗せ、【写真4-17】のようにスティックを両手に持ち、掌手と合わせて演奏する。掌手で打つとよく響く低音を発し、スティックで打つとカチカチとした高音を発する。カラバッシュ奏者ハマ・サンカレは、リハーサルの際にはスティックを持たず、指輪で高音を発していた。
 トンブクトゥ・ポップでも、よく使われ、他のサヘル地域にも多く見られるようだ。
 
【写真4-17】ハマ・サンカレが奏でるカラバッシュ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
4-2-4 その他の楽器
@ビディガ(bidiga)
 ソンライの楽器であるビディガは、いわゆる「親指ピアノ*15」と総称される楽器の一種である。ソンライではよく知られた楽器であるようだが、トンブクトゥ・ポップで使われている例を私は知らない。
 私が観察した楽器は2つで、【写真4-18】に示した〈個体(f)〉は、トンブクトゥ在住の音楽家M.A.A.から入手した。この写真で解るように、薄く細く伸ばした鉄片を固定した木板を、トマト・ケチャップ缶を再利用した共鳴装置上に置いた構造をしている。トンブクトゥ博物館の展示品であった〈個体(g)〉(【写真4-19】)は、食器と思われる金属製のボウルを共鳴装置として利用している。アフリカ各地に見られる親指ピアノ類は、共鳴装置として木箱かヒョウタンを使うのが通常であるので、金属素材を利用するビディガは異質のものといえる。
 〈個体(f)〉は、裏面に90度に曲げられた釘が取り付けられている。釘を【写真4-20】のように置くと缶底に釘頭が接してビリビリとした障(さわ)り音*16が得られ、【写真4-21】のように置くと障り音のない澄んだ音が得られる。
 ビディガの最大の特徴は、その奏法である。多くの親指ピアノが文字通り両親指で金属片の鍵盤を弾くのに対して、ビディガは【写真4-22】のように人差し指で演奏する。とすると、ビディガはもはや「親指ピアノ」とは呼べない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-18】〈個体(f)〉
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-19】〈個体(g)〉
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-20】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-21】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-22】演奏しているのは、M.A.A.本人。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ビディガの調音は、【図4-3】の通りである。Bbを基音とするマイナー・ペンタトニック(嬰ロ短調5音階)であるが、5度(F)に特徴的な1/4低音を有している。
 
  【図4-3】筆者が同定し、作成。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Aテハラダント(tahardent)
 トゥアレグのリュート型撥絃楽器テハラダントは、絃が3本で、胴はヒョウタンではなくくり抜いた木*17を用いていること以外は、棹の取り付け方、ヒツジ皮の張り方、駒の置き方など、基本的な構造は上記のンジュルケルとほぼ同じである。形状は、ンジュルケルよりも胴が細長く、大型である。
 調絃は、↑GCGであった。演奏されていた曲の基音がGであったため、開放絃の和音はGsus4となる。また、第3絃は、【写真4-24】で解るように、胴と棹の接合部に革紐で固定されて張られている。このような位置から伸びている第3絃は、当然ながら左手で押さえることはできない。第3絃は、常に基音Gを鳴らし続け、演奏に緊張感をもたらしている。ステージや儀礼などでの演奏の場合、電化したテハラダントの音が増幅され、オーヴァードライヴ*18した歪んだ音で演奏することが多い。
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-23】上:〈個体(h)〉全長81cm、絃長59cm 下:〈個体(i)〉全長71cm、絃長52cm
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-24】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【写真4-25】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
4-3 演奏の特徴・傾向
4-3-1 演奏形態
 ここでは、トンブクトゥ・ポップの音楽家が、生演奏や録音の際に、どのような楽団の形式で演奏するのかを記述する。
 先ず、ソンライの音楽家には、次のような2つの演奏形式が見られる。
 一つは、ギターと各種伝統楽器を組み合わせて演奏する形式である。ギターの弾き語りとカラバッシュを軸に、ンジャルカやンジュルケル、その他の楽器が合奏する。これは、アリ・ファルカ・トゥーレが好んだスタイルで、トゥーレと同じニアフンケ出身のアフェル・ボクムもこのスタイルに沿っている。ボクムは、第2ギターとベースギターを従えた6人組の楽団*19に女性コーラスを加えることもある。ボクムの語りによると、最小人数での演奏スタイルは、自身のギター弾き語りに第2ギター(メロディ担当)、カラバッシュで*20、次にンジャルカとンジュルケルを加える。ベースギターはさほど重要ではないと考えている。
 もう一つは、ギター2台、ベースギター、ドラムセットのバンドを軸にした形式である。ギターは、エレキギターが使われることが多く、第2ギターにアコースティックギターが使われることはある。このバンドに、カラバッシュ、ンジャルカ、ンジュルケルを加えることもある。ハイラ・アルビィ・バンドやヴィユー・ファルカ・トゥーレはこの形式で生演奏を行う。アリ・ファルカ・トゥーレも、晩年は、エレキギターを手に、このような形式のバンドを従えて演奏ことが多かった。
 アルビィは、スタジオ録音でもこの形式を維持する一方、ヴィユー・ファルカ・トゥーレ*21は、父・アリ・ファルカ同様の形式や、ギターとコラなどの他民族の伝統楽器の合奏など、様々な形式による録音を試みている。また、チャーリー・アルビィ*22は、スタジオ録音ではギターを中心としたベースギター、ドラムセットのバンドに、伝統楽器を取り入れる演奏を聴かせる。
 トゥアレグ音楽家の生演奏も、数少ないながら観察できた。演奏の中心はテハラダントで、カラバッシュ、小型の太鼓(名称不明)、ときにはジェンベなどの打楽器がリズムを刻む。大勢の聴衆の前で演奏する場合、テハラダントは電化され、オーヴァードライヴした歪んだ音を鳴り響かせる。
 
4-3-2 特徴・傾向
 傾向としては、ソンライの場合、ギターが演奏の中心にあるということは共通している。 アリ・ファルカ・トゥーレとボクムは、ギター中心の演奏に、ベースギターやドラムセットを積極的に加えない。この両者は、ギターを弾く前には伝統楽器を習得していた。ボクムは、語りで、伝統楽器は調音が困難であるので、長時間の演奏や他の楽器との合奏には不向きであると指摘した上で、「ギターは伝統楽器の代わりだ」と語った。作曲も、伝統楽器を手に行うことが多いというところから、あくまでも伝統的な音楽を演奏する手段として、ギターを使っているように思われる。アリ・ファルカ・トゥーレも、伝統楽器をギターに翻訳して演奏することから音楽家としてのキャリアをスタートさせたことを考え合わせると、トゥーレにとってもギターは伝統楽器の代用品であったと思われる。
 しかし一方で、晩年のトゥーレは、生演奏では積極的にベースギターとドラムセットを採用した。ここで見られるトゥーレは、歪み気味の音を出すエレキギターを、長音やベンド奏法*23など、その特性を存分に活かした奏法を交えて弾きまくり、ブルースやロックを思わせる演奏を聴かせる。ここでのトゥーレのギターは、伝統楽器の代用品にはとても見えない。トゥーレは、エレキギターの雄弁さ楽しむかのように演奏している。
 ハイラ・アルビィのように、通常からベースギターやドラムセットを採用している音楽家は、リズムを強化することによってより娯楽性の高い音楽を志向している。ベースギターによる低音と、ドラムセットが打ち出すはっきりとしたわかりやすいリズムは、ダンスに向いた音楽を作り出す。このような低音とリズムは、ダンス音楽には欠かせない。大勢の聴衆を大騒ぎで踊らせるには、ギターや伝統楽器だけではその演奏がかき消されてしまうからだ。
 一方で、トンブクトゥの音楽家は、生演奏・録音ともに、現在の音楽でよく使われるシンセサイザーやコンピューターによる打ち込みなどはほとんど見られない*24。ヒップホップの象徴的機材であるターンテーブルなども使われていない。また、キューバ音楽やR&Bが流行した際には一般的であり、国立州立楽団でも積極的に使われたサックスやトランペットなどの管楽器も、姿を消している。原因としては、これらの楽器や機材が入手困難であることと、必要性を感じていないこととが挙げられよう。
 
 
4-4 トンブクトゥで支持される音楽家
 ここでは、私が行った聞き取り調査に基づいて、トンブクトゥで支持されている音楽家について、考察を試みる。
 
4-4-1 聞き取り調査の概要
@調査概要・調査方法
 2009年9月30日~10月4日、トンブクトゥ市内において実施した。英語と仏語の他、ソンライ語、タマシェック語、バンバラ語を話す協力者とともに、仏語で書かれた聞き取り用紙をもとに聞き取りを行った。対面調査を原則とし、全ての用紙の記入は私の確認の下に助手が記入した。101票の有効回答が得られた。
 
A質問項目
 アンケート用紙に記載した質問項目は、以下の通りである。
【表4-1】

 Q1 年齢  Q2 性別
 Q3-1 マリ国内で、好きな音楽家は誰ですか?(3組まで回答可)
    ※音楽家の実名を例として示した
 Q3-2 その音楽家が好きな理由は何ですか?(3項目まで回答可)
  [項目選択] a.歌詞 b.歌のメロディ c.曲のリズム
        d.歌声 e.楽器、演奏 f.音楽家の個性、人格 g.同郷だから
        h.好きなジャンルだから i.その他
 Q4 あなたの民族は?(複数回答可):選択肢を用意
 Q5 あなたが最もよく使う言語は?:選択肢を用意
 Q6 あなたが理解できる言語は?(複数回答可):選択肢を用意
 
 
 
 Q3-1では、「マリ国内」に限定して好きな音楽家を訪ねているが、外国の音楽家の名前が出ても差し支えないとした。質問の意図をわかりやすくするために、16組の音楽家の具体例を下に示した。私が見る限り、示した例に回答者の回答が引きずられているような印象は受けなかった。例示しなかった音楽家の名前が多数回答されたことが根拠となろう。
 Q3-2では、理由を3つ答えた回答者はほとんど居なかった。3つの回答をした1人の票は、それぞれ1/3票として加算した。
 Q4で、父母の民族が異なる場合は、それぞれの民族に1/2票を加算した。
 Q6の回答の際、「どの程度を理解すると考えるのだ」との質問が出たときには、「歌詞が理解出来る程度」と答えて回答してもらった。
 
B基礎データ
 以上の聞き取りから得られた基礎データは、以下の通りである。
【表4-2】質問票

 1.性別 男=85人  女=16人
 2.年齢  ~19歳=20人(男10:女10)、 20~29歳=43人(男40:女3)、
    30~39歳=16人(男15:女1)、  40~49歳=10人(男10:女0)、
    50~59歳=6人(男5:1女)、   60歳~ = 6人(男5:1女)

 3.民族構成 ソンライ =68人 トゥアレグ= 27.5人  バンバラ =3人
       フルベ =1.5人  アラブ =1人
 
 男女比および年齢構成は、トンブクトゥ市の人口構成からは大きく異なる結果となった。次の表は、民族、年齢、性別によるデータである。
 
【表4-3】民族、年齢、性別の基礎データ (n=101)

民族

ソンライ

トゥアレグ

バンバラ

フルベ

アラブ


年齢性別













 ~19

  6

  9

  3

  1

0.5

  0

0.5

  0

  0

  0

10

10

20~29

29.5

  2

  9

  1

0.5

  0

  1

  0

  0

  0

40

 3

30~39

  7

  1

  7

  0

  1

  0

  0

  0

  0

  0

15

 1

40~49

6.5

  0

1.5

  0

  1

  0

  0

  0

  1

  0

10

 0

50~59

  4

  0

  1

  1

  0

  0

  0

  0

  0

  0

 5

 1

60~

  3

  0

  2

  1

  0

  0

  0

  0

  0

  0

 5

 1


 

56
 

12
 

23.5
 

  4
 

  3
 

  0
 

1.5
 

  0
 

  1
 

  0
 

85
 

16
 
 
 
4-4-2 トンブクトゥで支持される音楽家の名簿
 以上の聞き取りから、以下のような音楽家の名簿が得られた。私の知らなかった音楽家については、現地協力者に詳細を尋ねた。
 
@投票結果
 聞き取りの結果、トンブクトゥ市の人々に好まれている音楽家は、以下の通りである。ここでは、3票以上の得票のあった音楽家の名を挙げた。
 
【表4-4】トンブクトゥで支持されている音楽家

※トンブクトゥ出身の音楽家は、太字下線で示した。
順位 (票数) 音楽家名         
 1.  (45) ハイラ・アルビィKhaïra Arby
 2.  (27) アリ・ファルカ・トゥーレAli Farka Touré
 3.  (25) ビントゥ・ガルバBintou Garba
 4.  (17) アビブ・コイテHabib Koité
 4.  (17) キア・モゥルーKia Maouloud
 4.  (17) ウム・サンガレOumou Sangaré
 7.  (16) チャーリー・アルビィThialé Arby
 8.  (13) ナハワ・ドゥンビアNahawa Doumbia
 9.  (11) ババ・サラBaba Salah
10.  (10) アフェル・ボクムAfel Bocoum
10.  (10) ティナリウェンTinariwen
12.   (7) アマドゥ&マリアムAmadou & Mariam
13.   (6) サリフ・ケイタSalif Keïta
14.   (5) ババニ・コネBabani Koné
14.   (5) ブーバカール・トラオレBoubacar Traoré
14.   (5) ティケン・ジャー・ファコリTiken Jah Fakoly
17.   (4) ボカー・マジューBocar Madiou
18.  (3) アゴイボニAgoyboné
18.  (3) ジェネバ・セクDjeneba Seck
18.  (3) ウデドゥ・トラオレHaudedeau Traoré
18.  (3) マンガラ・カマラMangala Camara
18.   (3) ヴィユー・ファルカ・トゥーレVieux Farka Touré
その他:トンブクトゥ出身(30)
その他:他地域出身 (18)
 
 
A音楽家の概要
 上記1~10位の音楽家を、概観してみよう。
 1位ハイラ・アルビィは、トンブクトゥ市在住の女性歌手。第5章で詳述する。
 2位アリ・ファルカ・トゥーレは、第3章で述べた。
 3位ビントゥ・ガルバは、トンブクトゥ市在住の女性歌手。ソンライ。アルバム(カセット)を1種発表している。
 4位アビブ・コイテは、マリ西部カイエ出身の男性歌手・ギター奏者、作曲家。民族はカソンケ。マリの各民族の伝統楽器を配した楽団バマダ(Bamada)を率い、斬新なギター奏法と現代的な歌詞で人気を得ている。世界で活躍するスターである。
 同じく4位キア・モゥルーは、トンブクトゥ出身の女性歌手。ソンライ。アルバムを1種発表している。
 もう一人の4位ウム・サンガレは、バマコ出身の女性歌手。マリ南部ワスル地方のフルベにルーツを持つ。ワスル音楽の第一人者で、女性の地位向上など社会的な歌をも唄う。世界デビューも果たしている。マリにおける「成功した女性」の象徴である。
 7位チャーリー・アルビィは、トンブクトゥ出身の若手男性歌手。ソンライ。2009年発表のアルバム"GABI HIDYÉ"がヒットし、マリ全土での人気を得つつある。現在は、バマコ在住。「アルビィ」を名乗るが、ハイラ・アルビィの親族ではない。
 8位ナハワ・ドゥンビアは、シカッソ出身の女性歌手。30年近いキャリアを誇り、世界盤アルバムも数種発表している。この聞き取りでは、女性からの支持が厚かった。
 9位ババ・サラは、トンブクトゥの隣州ガオ出身のギター奏者、歌手、作曲家。ソンライ。ハードなギタースタイルを得意し、ジミ・ヘンドリックスのような背面弾きや歯弾きを見せる一方、リンガラやマンデ系ギターをも弾きこなす。はじめウム・サンガレ・バンドのギター奏者として名を馳せ、マリ全土でも人気が高い。
 10位アフェル・ボクムは、トンブクトゥ出身の男性歌手、作曲家、ギター奏者。第5章で詳細する。
 同じく10位ティナリウェンは、トンブクトゥの隣州キダール出身のトゥアレグ・バンド。序章で述べた。
 他、12位のアマドゥ&マリアムは、アマドゥ・バガヨコ(Bagayoko)とマリアム・ドゥンビア(Doumbia)による盲目夫婦デュオ。アマドゥのギターを中心に、R&B色の強い演奏を聴かせる。近年、欧州でも人気が高い。13位のサリフ・ケイタは、序章で述べたように、世界的に知られる人気音楽家である。14位ブーバカール・トラオレは、ラジオ・マリ創設期に"Mali Twist"をヒットさせたベテラン歌手。アリ・ファルカ・トゥーレ同様に、ラジオ・マリに深く関わった人物*25である。同じく14位ティケン・ジャー・ファコリは、コートジヴォワール出身のレゲエスター。前述した。
 トンブクトゥ出身の音楽家の他、9位のババ・サラと10位のティナリウェンは、それぞれトンブクトゥの近隣州出身で、民族もソンライとトゥアレグである。その他は、いずれもバンバラ語で唄い、バマコで活躍する音楽家である。
 
B地元音楽家への厚い支持
 下に示した【図4-4】は、聞き取り調査による音楽家の出身地別の得票傾向を示したものである。
 音楽家の獲得票数を出身地別に見ると、地元トンブクトゥ出身の音楽家が183票を獲得し、最多であった。特に、ハイラ・アルビィ、アリ・ファルカ・トゥーレ、ビントゥ・ガルバの上位3人のソンライ音楽家の得票は、圧倒的であるといえる。
 近隣のガオ出身のババ・サラは11票、キダル出身のティナリウェンは10票を獲得した。ババ・サラはソンライでソンライ語を中心とした多言語で、トゥアレグのティナリウェンはタマシェック語で唄う。
 一方で、バンバラ語を中心に唄うその他の地域出身の音楽家は、99票を獲得した。また、ウム・サンガレやアヒブ・コイテなど、マリ全土で人気のある音楽家も圧倒的な票数を獲得するには至っていない。また、国際的知名度は抜群であるサリフ・ケイタは6票と、支持が少ない印象を受ける。
 このことから、トンブクトゥの人々は、地元の音楽家を強く支持しているといえる。
 
 
 
 
 
 
 
 
【図4-4】出身地別音楽家の獲得票数
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Cバマコとの距離感
 投票の結果を見ると、マリ全土でも人気があり、世界的知名度も高い音楽家もそれなりの支持を得ており、バマコの情報がトンブクトゥにも届いていることが解る。
 しかし、一方で、3位ビントゥ・ガルバ、4位キア・モゥルーは、バマコではほとんど知られていない。この2人は、アルバムをカセットとして発表しているとのことで、トンブクトゥで探してみたのであるが、ついには入手出来なかった。バマコでも探してみたが、販売店やCD屋台のどの販売員に訪ねても、「知らない」「名前も聞いたことがない」との回答であった。
 トンブクトゥでかなりの高い人気を得ている両者が、バマコでは全くと言っていいほど知られていないという事実は、バマコとトンブクトゥとのポピュラー音楽には、大きな違いがあることを示唆する。トンブクトゥには、独自のポピュラー音楽の市場があり、トンブクトゥだけで活躍する音楽家が存在するようだ。
 しかし、トンブクトゥ市は人口は約6万人、州全体でも60万人に満たず、市場としては決して大きいとは言えない。また、聞き取りによると、トンブクトゥには音源を録音・制作する充分な施設はなく、音源を流通販売するシステムも整っていないようである。また、トンブクトゥには、例えば生演奏を聴かせるようなレストランやホテルも見当たらず、各音楽家が各自の演奏を聴かせるレストランやバーなどの店を持っている様子もない。
 ガルバやモゥルーの様な音楽家が、どのような活動をしているのかは、現時点では不明のままである。トンブクトゥ音楽家の活動ついては、第6章にて考察する。
 
4-5 まとめ
 トンブクトゥ・ポップには、以下のような特徴がある。

 ・ソンライ語、タマシェック語、フルフルデ語などの地元言語による歌唱
 ・地元の諸民族色の強い楽曲
 ・諸民族の伝統音楽を反映し、それに則ったギター演奏
 ・ギターを中心としたバンド演奏
 ・ンジャルカ、ンジュルケル、カラバッシュなどの伝統楽器の、積極的な導入
 
 このような特色を持つ独自のポピュラー音楽が、地元住民の厚い支持を受け、演奏されている。演奏の主な担い手はソンライ系の音楽家である。
 一方、トゥアレグ・グリオは、パトロンを持ち、主に儀礼の場などで演奏するという伝統的な楽師の性格と、楽器を電化したり、ギターを使ったり、不特定の聴衆の前で演奏し、名の知られた音楽家が存在するなど、ポピュラー音楽家としての性格を併せ持つ。このようなトゥアレグ音楽家をも含むのが、トンブクトゥ・ポップの特徴であると考える。
 また、トンブクトゥ住民に支持される音楽家の多くは、地元出身かつ地元に留まって活躍する者が多い。中には、マリ全土で知られ、世界的名声を得ている音楽家もいる一方、バマコでは全く知られていない者もいる。
 トンブクトゥは、成立の歴史を見ても、バマコのマンデ系民族とは異なっている点から合わせて推測すると、トンブクトゥがバマコとは明らかに異なる音楽文化を有していることを示す事例といえる。

*1 例えば、ハワイには様々なオープンチューニングを用いたスラックキー・ギター(slack key guitar)がある。また、米国黒人のブルース・ギター奏者の間には、ボトルネック(酒瓶の注ぎ口を切り取ったもの)やナイフを用いて絃を滑らせてポルタメント音を奏でるスライド奏法(ボトルネック奏法)などがある。
*2 右手の親指と人差し指の腹で、絃を弾く。一般に、親指で低音を、人差し指で高音を奏でる。
*3 Kru。ギニア湾岸に住み、漁業を生業とした。コリンズ[1989]の中村とうようによる訳注によると、クルは操船技術に長け、ヨーロッパ人に船乗りとして雇われたという。
*4 Kwame Asare。中村とうよう[1986]によると、パーム・ワイン・ミュージックの黎明期の曲「ヤア・アンポンサー」を作ったという。
*5 Palm Wine Music。文字通り椰子酒を出す安酒場で、船乗りなどを相手に演奏された音楽。ギター、ハーモニカなどに簡単な打楽器が付く。後にキューバ音楽、ジャズ、R&Bなどを吸収してハイライフ・ミュージック(Hihglife)へと発展する。ハイライフは、ガーナ、ナイジェリア、カメルーンにまで流行した。
*6 capotasto。強力なバネやゴムで、任意のフレットに六絃全てを押しつけて調絃を容易に変更できる補助器具。これにより、開放絃が使いやすくなるなど、演奏が容易になる。
*7 図中五線譜のト音記号は省略した。次の【図4-2】も同様である。
*8 ハイラ・アルビィの歌唱言語については、第5章で述べる。
*9 伝統楽器の奏法については、次項[2]で述べる。
*10 1FCFAは、約0.2円で、1万FCFAは約2,000円。日本では、中国製のギター絃は300〜500円程度で購入出来る。
*11 西洋楽器のバイオリン類でも、摩擦を増すために弓に松脂を塗る。
*12 ボクムも、ギターと伝統楽器がステージで長時間合奏する際の困難さを嘆いていた。実際に観察したステージでの生演奏でも、ンジャルカとンジュルケルの調絃には腐心していた。
*13 2008年に逝去したンジャルカの名手ハシ・サレ(Hassey Saré) は、ボクムの楽団アルキバルのオリジナル・メンバーであった。ボクムはサレに追悼曲"Hassey"("TABITAL PULAAKU" track10)を贈っており、聞き取りの際にも、サレの死を大いに悔やんでいた。アルキバルの現ンジャルカ奏者T.B.は、リハーサルの際、ボクムや他のメンバーから熱心な指導を受けていた。
*14 筆者所有。トンブクトゥで、ソンライ音楽家A.O.が使っていたものを入手。
*15 thumb piano。東・中央・南・西アフリカ各地に見られ、リンバ、サンザ、ンビラ、リケンベなどと呼称は様々である。
*16 ビリビリとした障り音を出す工夫は、アフリカ各地の多くの親指ピアノ類に見られる共通した特徴である。
*17 胴の素材となる木は、聞き取りを行ったトゥアレグ音楽家によると、「カダカダ」と呼ばれる「砂漠で一番堅い木」とのことであった。この「カダカダ」が何の木であるかは、調査出来なかった。
*18 Over Drive。マイクやピックアップによって電化された音を、アンプなどの増幅装置に過剰に入力することによって、歪んだ音を得る工夫。聴く者によっては、耐え難い雑音にも感じられる。
*19 Afel Bocoum & Alkibar。第5章で詳述する。
*20 2009年5月横浜では、このスタイルで演奏した。
*21 Vieux Farka Touré。アリ・ファルカ・トゥーレの第2男で、歌手兼ギター奏者。次項で述べる。
*22 Thialé Arby。トンブクトゥの若手男性歌手。次項で述べる。
*23 bending。絃を同一フレット内で上下させ、音程を上げる奏法。境目のない音程変化が得られるとともに、半音・1/4音など、不安定な音も得られる。一般に、エレキギターは絃が柔らかいため、ベンド奏法が容易である。日本では、チョーキング奏法という方が一般的。
*24 ガオ出身のソンライ音楽家ババ・サラ(Baba Salah)は、自身のアルバム制作の際、シンセサイザーやコンピューターの打ち込みを多用している。ババ・サラについては、次項で述べる。
*25 トラオレは、トゥーレのラジオ・マリ時代の録音で、録音技師を担当している。

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